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事業承継インタビュー
世嬉の一酒造株式会社

世嬉の一酒造株式会社

2019年08月20日

事業承継インタビュー
企業名:世嬉の一酒造株式会社
所在地:〒021-0885 岩手県一関市田村町5-42
創業年:1918年(大正7年)5月1日
事業内容:酒、ビールの醸造、販売・売店・レストラン・企画販売。グループ企業として株式会社 千厩自動車教習所

『親から子どもへの事業承継とは?』

インタビュイー:世嬉の一酒造株式会社 相談役 佐藤晄僖氏

質問
もともと親族を後継者にしようとお考えでしたか?

佐藤晄僖氏
そうですね。私も小さい時から、自分が後を継ぐんだと思っていましたし、同じように子どもが後を継ぐんだろうと思っていましたね。

質問
事業承継を行う決断をしたきっかけや出来事とはどのようなことでしたか?

佐藤晄僖氏
東日本大震災があった際に、「ああ、俺は歳をとったんだな」と感じました。だからこれは譲らなければいかんなと思いました。

質問
東日本大震災の時に歳をとったと感じられたのは、どのような経験から感じられたのでしょうか?

佐藤晄僖氏
東日本大震災では全部の蔵が被災しまして、これはもう全部使えないなと思ったんです。私たちのビジネスは、蔵のイメージを持った観光客が来て頂く、そして、その方がお酒を買って頂くという形でしたから、この蔵が全部ダメになったら商売の根幹が揺らぐなと思ったんです。

それでも頑張らないといけないねと思ったんです。ですが、若いときだったらそこから新しい発想とか、将来展望がパッと浮かんだと思うんですが、その時は、「まあここまで来たから幕を引いてもいいか」と思ってしまったんですね。そう思ったこと自体が、もう歳だと思ったきっかけなんです。

質問
事業承継にあたって、不安に思っていたことはありましたか?

佐藤晄僖氏
不安はありました。息子がどうこうということではなく、やっぱり子どもというものについては、将来どうだろうとか、あの性格だったらこういう点で苦労をするだろうとか考えるものです。でも、そこは思いきらなければならないことなんでしょうからね。

質問
事業承継にあたって気をつけられた点はどのような点がありますか?

佐藤晄僖氏
私の場合は、自動車学校を立ち上げるのでやれと父から言われ、全くと言っていいくらい父から離れて好き勝手やっていたわけですよ。だから後から考えれば若気の至りで、かなり失敗もあるが、自由にやらせてもらったなと思います。

ですから、自由にやらせるということは承継するにあたって自分自身の心構えにしてきました。どういうことかというと、見えるんですよ。譲るとね。

これやったほうが良いんじゃないか、というところもあるんですよね。このまま行けばこうなるから、そうじゃない、これをやれって言いたくなるんですよね。

でも、言わないほうが良い。任せるということは成功も失敗も含めて任せるんですよ。ですから、任せるってことは、求められれば言うけれど、こっちから何か気がついても言わないほうがいい。言いたくなりますけどね(笑)。

まあ親子ですから、親とすればなるべく失敗しないように失敗しないようにと動きたくなるんですけど、それは小学校前までで辞めないとダメですよね。親の気持ちが先に出て言いたくなっちゃいますが、これは絶えず自分に言い聞かせないとダメですね。

質問
事業承継に向けてもっと取り組んでおけば良かったと思われることはありますか?

佐藤晄僖氏
社長としての姿勢や生き方について、自分の考えを押し付けるという意味ではなく、もっと話し合いをやってからのほうがお互いに良かったんではないかと思いますね。そういう意味でのコミュニケーションはもっとやっておいたほうが良かったという気はしますよ。

『子どもにとっての事業承継とは?』

インタビュイー:世嬉の一酒造株式会社 代表取締役社長 佐藤航氏

質問
酒屋の事業を引継ぐことを考えたタイミングを教えて頂けますか?

佐藤航氏
僕が小さい頃は父親は自動車学校をやっていたので、自動車学校を継ぐのだと思っていました。爺さんが亡くなってから酒屋の息子なんだという自覚を持つようになりました。ただ、最初はあまり引き継ぐ意識はありませんでした。

父親や母親に就職について相談をしたときに、前職のことを紹介されました。僕自身は理系だったので、最初は製薬会社などが魅力的で試験を受けたりしていました。特段、父親からは帰ってこいと言われず、自由にしていいと言われていましたね。

ただ、前職で働いている時に、父親が苦労しているのを見ていて、自分が帰ったら色々できて楽しそうだと思い、実家に戻ることを決めました。本格的に僕が経営者になると決めたのは、前職を辞めて戻ってきた時で、その時、世嬉の一の経営者になるんだ考えるようになりました。

質問
事業承継で一番困ったことはどのようなことでしたか?

佐藤航氏
銀行さんとのお付き合いは困りました。震災のときに初めて資金繰りを初めて勉強しましたね。最初は困りました。

父親からもアドバイスをもらって、銀行になるべく行くようにして、支店長さんたちと話すようにしていたりしましたね。何かよくわからないけれど、判子を押してとか、知らない内に連帯保証人になるとか。

そこから色々勉強して、震災保証があって、うちの建物があって、私と父親の保証がついているってどういうことって。一回目に銀行さんに聞いたときは、「そういうものです。」と言われましたね。最初はわからず言われた通りにやっていましたね。

質問
先代社長にこれだけはやっておいて欲しかったことというものはありますか?

佐藤航氏
事業承継を代々やっていると、いろんな人に資産が分散してるんですよ。株とか土地とか。私の場合は、株は僕が引き受ける時に叔父さんのもの買ったんですけれど、婆さんが亡くなった時に、婆さんの株と叔父さんの株を僕が買って、父親と母親の株も買ったんです。

また、土地は叔父さんと父親なんですよ。これは次の父親が亡くなった時に大変だとか、叔父さんが亡くなった時に買わないといけないなとか。叔父さんも応援してくれているので、良いよとか言ってくれているんですけど、将来的には会社名義にしたいなと思って、どっかの段階でここの土地は叔父さんから買う形にしたいなとは思っていますね。

質問
親族内承継を進めるにあたって抑えておくべきポイントはどのような点でしょうか?

佐藤航氏
よく一番思うのが、親だから分かっているだろうと思っていることが多いように感じます。

ただ、どの企業でもそうだと思いますが、父親も母親もバリバリ働いていたので、実は経営者である親と接する機会が非常に少ないんですよね。家族とは言っても、人生の半分以上一緒にいなかったほうが多いので、察することなんてできないんですよ。聞かないとわからないです。

また、100年続く企業にしていくにあたり、初代から全員のことを知っているのは父親までなんです。ですから、自社が創業からどのような経営を行ってきていたのか、今後の自社の経営の道標になる、自社ならではの価値基準を明確にしていくことが、非常に大切なことに感じます。

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